2015年8月30日日曜日

「団塊世代のウインドサーフィン狂い外伝 #3.」 時は1978年トリンプ再就職の頃。その2.

 そのポスターに使われていた画像は東西冷戦時代の東側の某国の税関が舞台だった。カーキ色に赤い星の軍服を着、カラシニコフのような大型の銃を肩から下げた男女の兵士がいて、旅行客の荷物を開けて中味をチェックしている。更に旅行客の女性が一人左端でショーツ一枚で震えるように立っていて裸の胸を両手で隠しているのだ。低い税関検査台にはサムソナイトの様なスーツケースが開けられていて、中には女性の下着が山ほど入っている。で、一番目立つ画面中央では咥えタバコの女性兵士が、カラシニコフの先からブラジャーをぶら下げて見入っているのだった。こんなポスターを造って東京の地下鉄構内になど貼れる訳なかろう?当時は駅貼りのB倍ポスターが流行り始めの時代だ。地下鉄の広告倫理規定にも違反するに決まっているし、大体において当時の麻布・狸穴のソビエト大使館が黙っている訳がなかった。


ポスターの背景イメージはこういった感じだった。 Google画像よりトリミング

 週頭の定例会議でこの問題をどうするか相談し、日本ではこのポスターは貼れないという結論に達し本社に連絡した。しかし「ロンドン・パリ・ニューヨーク・東京」とコピーも既に入っているから是が非でも貼れ!と本社は頑として下がらない。そこで日本現地法人はどうしたかと言うと、そのキャンペーン対象商品を日本には輸入しない。別の商品群で売り上げ目標は充分達成できるのでかまわない。品のない政治問題に発展しそうなキャンペーンを行う事で、トリンプのブランドや企業イメージを下げたり、メディア・マスコミに叩かれたら売り場の販売員達の販売士気に直影響する!と交渉ではなく宣言をした。

 元々東洋人種を蔑んでいるヨーロッパ人種の中でも一番プライドの高いドイツ人達だ。なかなか納得しなかった。しかし、当時の西ドイツ本社副社長がこの問題で成田に来た時、入管検査で仕事を訊かれ、いつも問題になる下着のポジを送る会社の関係者と判り、別室で調べられてしまったと言う。それが理由かどうか知らないが、40年近くも昔の話だ、退職後当時の友人に聴いた話では、その事件以降東京のオフィスが言ってくることに対し、高圧的な対応が随分減ったという事だ。

 ほんの1年ほどしか居なかったトリンプだが、何と!社長賞をもらっている。別に販売成績等関係はないし、広告面で何か賞をもらった訳でもない。無理やり入らされたトリンプ・サッカー部でワコールと闘い、得点をして勝っただけなのだ。後にも先にも、未だかってあんなに女性の応援団に黄色い声で応援される試合を経験した事はない。勿論敵も天下のワコールだ!ブラジャー姿の応援団こそ居なかったが、何とも妙な具合の試合だった。
 試合自体は間違ってミスキックをした筆者のヨレヨレのクロスが、そのまま相手のゴールの左上隅に入ってしまい決勝点になっただけの話。カッコいい地を這うようなシュートでなかったのが悔しかった。
 試合終了と共にもう大騒ぎだ!万年業界2位のトリンプが数倍規模も売り上げも大きなワコールに勝ったという話は、その年の社の年鑑にも載ったほどらしい。勿論社長は喜んでサッカー王国・西ドイツ本社に自慢したのだろう。ついには本社社長から褒美まで出た。
 もう漫画のような話だった。これぐらいしか上位の競合ワコールに勝った事がなかったのだろう。

 トリンプでは広告掲載その他は博報堂という広告代理店が出入りしていた。どこかで聞いた名前ではないか?そうだ、つい先日まで在籍していた、あの青山のヴァン ヂャケットに出入りし、「VANさん大丈夫ですよ、オンワードやレナウンに充分太刀打ちできますよ!」と太鼓判を押しておきながら、2週間後に倒産してしまうという立派なマーケティング提案をしてくれたあの博報堂だった。

 その頃はまだ博報堂という大手広告代理店の存在自体は、自分の頭の中でもそう大きな存在ではなかったというか、世の中での機能・役割を殆ど理解していなかった。大方、代理店というので、機能的には右からの注文に対して左の実務会社を紹介し、作業をさせてその代理業フィーを取るのだろうとは思っていた。これは実際にその後博報堂に25年以上在籍し、辞めた後もその認識は全然変らなかった。一部を除いて大多数は実務スキルのない人間達の集団であることを25年間かかって確信しただけだった。

 このトリンプの入っている東京流通センタービルは、ちょうど南東風が強い時の航空機の羽田空港着陸進入ルートの直ぐ正面に存在していた。したがって羽田に下りる航空機が高度を下げながら千葉方向から蒲田駅方向に向かって進んできて、東京流通センター手前で大きく左旋回しながら滑走路に向かうポイントに当たっていた。


日本IFGトリンプの入っていた東京流通センター Googole画像より

 これを東京流通センターのオフィスビルから視るとどうなるか?まじめな話大きな航空機が斜めになりながら突っ込んで来るように見えるのだ!これに慣れるのに半年以上かかった。
 だからトリンプのオフィスの窓側の会議室で得意先同席、或いはドイツ本社の人間達同席で会議をしていて、何度も来客がその場で声を上げて腰を浮かせる場面に遭遇した。
 特にBoing747ジャンボ機が下りてくるときは強烈だった。

 それに雨が降って都心が煙った景色に消えてしまう時等、何度も「いつかこの陸の孤島から抜け出て、都心の日本企業に移るぞ!」と思ったものだった。

 どういう運命なのか、思いのほかその機会は意外に早くやってきた。